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東京地方裁判所 平成10年(ワ)6274号 判決 2000年3月13日

原告

日本信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

平野友明

右訴訟代理人弁護士

小野孝男

庄司克也

近藤基

五十畑昭彦

右訴訟復代理人弁護士

松田竜太

被告

住友建設株式会社

右代表者代表取締役

産本眞作

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

松井秀樹

大庭浩一郎

川俣尚高

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、八五億円及びこれに対する平成九年八月二二日(催告書到達の日の翌日)から支払済みに至るまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、信託銀行である原告が、原告と日本ビルプロヂェクト株式会社(以下「日本ビルプロ」という。)との間で締結された不動産管理信託契約から生じた信託受益権を目的物とする原告と日本ビルプロとの間で締結された買戻予約付売買契約に基づき日本ビルプロが負う信託受益権の買戻義務について、原告と被告との間で保証契約が締結されたと主張して、被告に対し、保証債務の履行として八五億円の支払とこれに対する支払催告の翌日から支払済みに至るまで商事法定利息年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、信託銀行業務を目的とする株式会社である。

(二) 被告は、建築工事の請負等を目的とする株式会社である。

2  不動産管理信託契約

日本ビルプロと原告は、平成四年八月七日、次の内容の不動産管理信託契約を締結した(以下「本件信託契約」という。)。

(1) 委託者 日本ビルプロ

(2) 受託者 原告

(3) 当初受益者 日本ビルプロ

(4) 当初信託財産 別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)に対する借地権

(5) 追加信託財産 日本ビルプロは本件土地上に建物を建築し、これを追加信託する。

(6) 信託の目的 本件土地及び右建物の管理・運用

(7) 信託期間 平成四年八月七日から平成九年八月六日まで

3  信託受益権の買戻予約付売買契約

日本ビルプロは、右同日、原告に対し、本件信託契約に基づく信託受益権(以下「本件信託受益権」という。)を、次のとおり買戻予約付きで売却した(以下「本件買戻予約付売買契約」という。)。

(1) 本件信託受益権譲渡人兼買戻義務者 日本ビルプロ

(2) 本件信託受益権譲受人兼買戻権利者 原告

ただし、原告固有の立場としてではなく、第三者との年金信託契約に基づく受託者としての立場であり、「年金信託受託者日本信託銀行」「単独運用指定金銭信託受託者(年金口)①日本信託銀行」「単独運用指定金銭信託受託者(年金口)②日本信託銀行」の三つの立場に分かれる。

(3) 売買代金 合計八五億円

(内訳)

「年金信託受託者日本信託銀行」分

四五億円

「単独運用指定金銭信託受託者(年金口)①日本信託銀行」分 二〇億円

「単独運用指定金銭信託受託者(年金口)②日本信託銀行」分 二〇億円

(4) 買戻代金 合計八五億円

(内訳)

「年金信託受託者日本信託銀行」分

四五億円

「単独運用指定金銭信託受託者(年金口)①日本信託銀行」分 二〇億円

「単独運用指定金銭信託受託者(年金口)②日本信託銀行」分 二〇億円

(5) 買戻期日 平成九年八月六日

(6) 買戻代金の支払方法 期日一括払

4  建物の追加信託

日本ビルプロは、原告に対し、平成八年一〇月一八日、本件信託契約に基づき、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件ビル」という。)を追加信託した。

5  日本ビルプロの買戻義務の不能

日本ビルプロは、平成九年八月六日、本件信託受益権の買戻期日が到来したが、現在に至るまで、買戻義務を履行していない。

二  本件の争点

1  保証契約の成否

2  本件念書の法的効力(保証契約につき民法九三条但書適用の有無)

3  商法二六〇条二項違反の有無及び取締役会決議の不存在についての悪意又は過失の有無

4  本件合意書による本件念書の失効(被告の保証債務の消滅)

三  争点に対する当事者の主張

1  保証契約の成否

(原告の主張)

(一) 被告の代表取締役である桑原格(以下「桑原」という。)は、平成四年八月七日、甲四の一の「念書」(以下「本件念書」という。)に記名押印し、もって、被告は、同日、原告に対し、本件買戻予約付売買契約に基づく日本ビルプロの本件信託受益権の買戻義務を保証した。

原告は、被告に対し、平成九年八月二一日、日本ビルプロに代わり本件信託受益権の買戻しを行うよう催告した。

(二)(1) 本件念書は、わざわざ、日本ビルプロと原告との本件不動産信託契約書(甲一)、「五者協定書」(甲二)及び再譲渡予約付譲渡契約証書(甲三の1ないし3)の各写しと一体として袋とじにされて、被告の代表取締役印で契印されており、その上で、被告の「取締役副社長」名義の記名に代表取締役印が押捺されている。また、本件念書には被告の印鑑証明書が添付されている。

その記載文言も、「当社の責において上記契約証書第2条及び特約条項に基づき、信託受益権の買い取り又は、信託不動産を譲り受けることを了承する」と具体的かつ確定的・断定的であって、単なる買取りの道義的責任や努力目標を定めたものに過ぎないとはとうてい解しえない。もし、これが単なる道義的責任や努力目標を定めたものに過ぎない趣旨であれば、被告としては、当然、「買い取るように努めます」等の抽象的・婉曲的な表現を使用するはずである。

つまり、本件念書は、被告の代表取締役が、具体的かつ確定的に買取りの意思表示を行ったものであるから、買取りの法的な約束として何ら欠けるところはない。

(2) 被告は、本件念書で、被告が信託受益権ないし信託不動産の買取義務を負う場合とされている日本ビルプロが「信託受益権の買い戻し及び本事業の継続ができなくなった場合」とあるうちの、「本事業の継続ができなくなった場合」とはどのような場合か不明であるし、本件念書には被告による買取金額の明示もなく、法的効力を有する文書にしては、その表現が余りにも明確性を欠くと批判する。

しかしながら、右にいう「本事業の継続ができなくなった場合」が日本ビルプロが信託受益権の買戻をできなくなった場合を意味することは、本件念書の趣旨及びこれに添付された一連の書類から明らかである。

また、被告による買取金額は、確かに、本件念書それ自体には直接記載されていないものの、本件念書は、日本ビルプロと原告との再譲渡予約付譲渡契約証書(それには、買戻金額が明示されている。甲三の1ないし3)の写しが一体として袋とじにされて被告の代表取締役印で契印されており、その上で、被告は、本件念書の第1項で、「信託受益権再譲渡予約付譲渡契約証書の各条項を了承し」、第2項で、日本ビルプロが右の契約証書記載の各条項に基づき信託受益権の買戻しができなくなった場合には、被告が信託受益権を買い取ることを了承しているのである。このような、本件念書の全体の体裁及びその構造からすれば、被告による買取金額は、右の契約証書に定められた日本ビルプロの買戻金額と同額であることは明らかである。

(被告の主張)

(一) 原告の主張する保証契約の成立は否認する。

被告の代表取締役である桑原が、平成四年八月七日、本件念書に記名押印したことは認めるが、本件信託受益権の買戻義務を保証する趣旨で本件念書に記名押印したものではない。

(二) 原告の主張するように本件念書が八五億円もの金額で本件信託受益権ないし信託不動産を買い取る義務を定めたものであるとするならば、本件念書の表現は余りに明確性を欠くものである。

まず、本件念書には、被告が本件信託受益権ないし本件信託不動産を譲り受ける場合として、「日本ビルプロヂェクトが信託受益権の買い戻し及び本事業の継続ができなくなった場合」とあるが、「本事業の継続ができなくなった場合」とはどのような場合か不明である。

次に、本件念書の趣旨が原告の主張するような内容であれば、信託受益権ないし信託不動産の買取予定金額八五億円が当然に明示されるべきであるが、本件念書には売買契約にとっても最も重要な要素である売買金額が一切記載されていない。原告は本件念書に各契約書が別紙として添付されており、そこにある金額を引用している趣旨であると主張するのかもしれないが、本件念書で引用されている信託受益権再譲渡予約付譲渡契約証書の「第二条」と「特約条項」は売買金額とは全く関係ない規定であり、買取時期についての規定を引用しながら、最も重要な売買金額の規定を敢えて引用していない。

2  本件念書の法的効力(保証契約につき民法九三条但書適用の有無)

(被告の主張)

本件念書は、法的効力を有しない形だけの書類であることを双方了解の上で、被告から原告宛に交付されたものであるから、原被告間に原告主張の保証契約が成立していたとしても、右保証契約は民法九三条但書により無効である。

その具体的な理由は以下のとおりである。

(一) 本件念書提出の経緯について

本件ビルの建設は、日本ビルプロと日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)の共同事業であり、事業計画によると日本ビルプロは敷地についての権利を取得した後にその敷地上に建物を建築し、日本生命は完成した借地権付建物の六〇パーセントの持分を買い取り、日本生命が六〇パーセント、日本ビルプロが四〇パーセントをそれぞれ保有する共同ビルとすることとなっていた。

そして、敷地上の建物の建築請負は被告が、本件共同ビル建設のための借地権取得資金等の与信は原告がそれぞれ行うこととなったが、原告による与信の方法については、自己勘定の資金ではなく信託勘定の資金を使いたいとの原告の希望により、日本ビルプロが原告に対して借地権及び地上建物を信託し、信託受益権を原告(信託勘定)に再譲渡予約付で譲渡するという方法により行うこととなった(以下「本件与信」という。)。

原告担当者は、日本ビルプロに対する本件与信を行うに際し、直接日本生命に赴き、日本生命が借地権付建物である本件ビルの六〇%を買い取る意思のあることを確認した。

更に原告は、日本生命から将来における本件ビルの買取りを約束する書面を提出してもらうよう日本ビルプロに求めたが、日本生命としては本件ビルの六〇%の買取りは将来確かに行うものの書面は提出できないとの回答であった。

そのため、原告担当者と日本ビルプロ担当者は、被告の担当者である被告東京支店第二営業部長の安枝正男(以下「安枝」という。)に対して、日本生命の買取りを約束する書面に代わるものを被告に提出するように求めてきた。

これに対し、安枝としては、被告が本件ビルについて日本生命に代わって買い取る内容の念書まで提出する義理はないと考えて一旦謝絶した。

しかしながら、原告担当者及び日本ビルプロ担当者から、原告において本件与信の社内決裁をとるためには形だけでも買取りの確約書のような書類が必要である、本件ビルについては日本生命が必ず買い取るのだから、本件与信決裁のための形だけの書類としてでよいから念書を提出してほしいなどと述べて本件念書の作成を懇願した。

このような経緯のもとで、被告担当者である安枝は法的効力のない形だけの書類であることを原告担当者との間で確認し、それであれば問題ないと考えて、被告東京支店長兼副社長である桑原と協議の上、本件念書の作成を了解したものである。

(二) 被告における取締役会決議の不存在

本件念書が法的効果のない形だけの書類であることは、本件念書の提出にあたって、被告において取締役会決議がなされていない事実及びその事実を原告が認識していたことからも明白である。

周知のとおり、商法上、株式会社においては多額の保証ないし重要な契約については取締役会の決議が必要であるところ、上場会社である被告においても、商法の規定に従い、具体的に取締役会決議細目を定め、保証については一件一〇億円以上のもの、事業用不動産の譲受については一件金一〇億円(取引価格)以上のものを行う場合には取締役会決議を行っていた。

ところで、原告の主張するように、本件念書が本件信託受益権についての日本ビルプロの八五億円での買取義務を被告が保証する法的義務を負う書類であるならば、経済的には実質的な保証であって、その金額からしても本件念書の提出には当然に被告の取締役会決議が必要である。

しかしながら、被告においては本件念書の提出について取締役会に付議しておらず、安枝は原告担当者に対して、本件念書は法的効力のない形だけの書類であるから当然のことながら被告において取締役会決議は経ず、東京支店限りの文書として被告東京支店長印を押印して作成せざるを得ないことを告げ、原告担当者からその旨の了解を得て、平成四年七月三〇日に本件念書に東京支店長印を押捺して、念書を原告宛に提出した。

なお、その後平成四年八月に入ってから原告担当者から安枝に対して、本件念書には東京支店長印ではなく代表取締役印を押印して欲しいとの要望があった。

安枝は原告担当者に対して、本件念書は取締役会の決議を経ていない東京支店限りの文書であるので代表取締役社長の印は押捺できない旨返答するとともに(なお、被告においては、法的な効力を有する保証の契約書には、金額の多寡を問わず代表取締役社長の印鑑を押捺していた。)、偶々当時の東京支店長である桑原が被告の代表権を有していたため、「代表取締役副社長」の印鑑なら検討できる旨回答したところ、原告はこれに応諾したので、安枝は同年八月六日に桑原の代表取締役の印を本件念書に押捺して原告宛提出した。

このような経緯のため、原告担当者は被告に対して、取締役会議事録の写しの提出を求めたり、取締役会決議の有無について確認したりすることは一切しなかった。客観的に見ても、金融機関においては、株式会社より保証を受けるにあたっては、取締役会議事録の写しの提出を受けるか、少なくとも取締役会決議を経ていることにつき確認することは、融資における最も基本的な事項である。原告のような大手銀行において、本件念書を原告の主張するような金八五億円もの多額の実質保証の法的効力を有する文書として提出を受けようと考えていたならば、被告における取締役会決議を不要であると考えるはずがない。

平成四年八月五日に、原告の担当者らが被告を訪れ、桑原及び安枝と面談した事実は認めるが、原告担当者が被告の取締役会決議の有無について質問したところ、桑原が取締役会決議を経ている旨の説明をしたというような事実は一切ない。

(三) 国土利用計画法に基づく届出がないこと

本件念書が法的効力のない形だけの書類であることは、本件念書の作成にあたって、当事者である原告及び被告により国土利用計画法(以下「国土法」という。)上の届出がなされていないことからも明らかである。

すなわち、国土法によれば都道府県知事により監視区域と指定された地域内の土地で都道府県規則により定められた面積以上の土地につき、土地売買等の契約を締結しようとする者は、都道府県知事に届出をしなければならないとされており(二七条の三、二七条の四、二三条)、届出をせずに契約を締結した場合には刑事罰が課せられる(四七条)。

本件念書が提出された平成四年八月七日当時、本件土地は都知事の指定した監視区域内にあり、当該監視区域内の土地の内一〇〇平方メートル以上の面積の土地について土地売買等の契約を締結するには事前の届出が必要であった。そして、国土法上、届出の必要な「土地売買等の契約」とは、土地に関する所有権もしくは地上権及び賃借権又はこれらの権利を取得する権利の移転又は設定をする契約をいうとされている(法一四条一項、同法施行令五条)。本件念書の内容は、「信託受益権の買い取りまたは信託不動産を譲り受けることを了承する」というものであるところ、本件信託不動産である本件土地の借地権の譲渡については勿論のこと、本件信託受益権の譲渡についても、本件信託受益権が信託期間満了時に信託不動産の所有権の移転を受ける権利を含むものである以上、いずれもそれらの譲渡契約を締結するためには、事前に国土法所定の届出が必要なのである。

しかしながら、本件念書の提出にあたっては、当事者である原告及び被告により、国土法の届出がなされていないところ、国土法に基づく届出を怠ったときは刑事罰が科せられるのであり、被告は勿論、大手信託銀行である原告としても刑事罰の対象となるような違法行為をなすはずがないのであるから、原告被告とも本件念書が法的効力を有する書類であると認識していなかったことは明らかである。

(原告の主張)

(一) 本件念書提出の経緯について

(1) 日本ビルプロと日本生命とは、かねてより、南品川地区に本件ビルを含む隣接した三棟の共同賃貸ビルを建築し、これを日本ビルプロが持分四〇パーセント、日本生命が持分六〇パーセントの割合で所有するという内容の共同事業を進行させていた。本件ビルは、この三棟のうちの真ん中に位置し、建築時期の順番では三番目のビルである。この三棟のビルは、熱源の供給をすべて一番目のビルに依存しており、冷温水配管も三棟でつながる構造になっており、用途的にも一体となっている。

右の三棟のビルの建築工事は、すべて被告が受注した。

また、二番目のビルについては、日本生命が、生命保険会社という性格上、全所有資産中に占める不動産の割合について一定の制限を受けることから、将来日本生命が購入するまでの経過措置として、建設業者である被告がその持分の六〇パーセントを一時保有することとされた。その後、四五パーセントの持分が被告から日本生命に移転されたが、現時点でも被告が一五パーセントの持分を有している。

このように、被告は、単なる施工業者という立場を越えて、日本ビルプロと日本生命との三棟のビル建築共同事業に密接にかかわっており、この共同事業は、実質的には被告を含む三社の共同事業であった。

(2) 右のような状況下で、日本ビルプロから原告に対し、本件ビルの敷地の借地権購入資金の融資依頼(正確には、すでに他の金融機関から融資を受けていた借地権購入資金の肩代わり融資の依頼)があった。

そこで、原告は日本ビルプロに対する融資について検討を行い、不動産管理信託を利用した信託受益権の買戻予約付譲渡契約の形で実質的に融資を行うことになったが、日本ビルプロの買戻期限における買戻能力(実質的には、融資の返済能力)に不安があったので、原告は、日本ビルプロに対する与信リスクを回避するために、本件ビルの六〇パーセントの持分の最終取得予定者である日本生命に対し、将来の買取りを約束する旨の文書を提出するよう求めた。

しかし、日本生命は、買い取る意向はあるが書面による約束はできないとして、文書の提出を拒絶した。

(3) そのため、原告は、日本生命に代わり、被告から買取りの約束をしてもらうことにし、平成四年七月一〇日、原告五反田支店の松村支店長(以下「松村」という。)及び戸井和隆次長(以下「戸井」という。)が日本ビルプロの田中専務に対し、日本ビルプロの信用だけではリスクが大きく、八五億円もの本件与信は取り上げることができないので、将来日本ビルプロが受益権の買戻をできなかった場合には被告が買取義務を負う旨の保証を被告から取りつけてほしいと要請した。

これに対し、当初、被告からは、「東京支店長桑原格」名義に支店長印を押捺した文書にさせてもらいたいとの要望が出されたが、原告からは、あくまでも「代表取締役副社長・東京支店長」名義に実印を押捺した文書を要求した。その結果、最終的に被告も了解し、右の趣旨に沿った本件念書が提出されることになったものである。

(4) 右のとおり、原告は、日本ビルプロに対する本件与信を実行するにあたり、日本ビルプロの買戻能力に不安があったために、これを補完させるべく、まず、日本生命に本件ビルの買取りを約束する文書の提出を求めたが、これを拒絶されたために、被告に本件念書の提出を求めたものである。

つまり、原告としては、日本生命に対しては、真実の買取約束を求めていたのであるから、日本生命の代替としての被告に対しても、当然、真実の買取約束を求めていたことは明らかである。すなわち、日本生命から買取約束の文書の提出を断られたということは、むしろ本件念書が仮装のものではないことを根拠づける事情というべきである。また、原告は、被告の買取約束(保証)がなければ、日本ビルプロに対する本件与信は行わなかった。

(二) 被告における取締役会決議の不存在

本件念書の提出を受けるにあたっては、原告は被告に対し、取締役会決議を経ていることについて確認している。

すなわち、本件念書に基づく保証意思の確認のために、平成四年八月五日、原告の不動産部長の本橋(以下「本橋」という。)、松村及び戸井の三名が被告を訪問し、被告の桑原及び安枝の両名と面談した。

その際、原告の松村から、被告の取締役会決議の有無について質問したところ、被告の桑原は、「保証するにあたっては、取締役会で相当議論があった。しかし、南品川の建物は将来日本生命に必ず引き取られるものであること、及び日本ビルプロからは、当社(被告)は今までに二二〇億円以上の工事受注を受けている経緯があり、保証を断れないとの結論に達した」との説明があった。また、原告側から、本件念書には被告の実印を押捺し、印鑑証明書を添付するよう要請したところ、被告側も了解した。

そのため、原告側も、桑原副社長の右のとおりの口頭での説明があったし、印鑑証明書も提出してもらえるのであるから、取締役会議事録までは強いて提出を受けなくとも差し支えないであろうと考えたものである。

つまり、原告は、本件念書を受領するに先だって、被告に対し、取締役会決議を経ていることについて確認しており、被告の桑原及び安枝から、これを経ている旨の回答を得ている。そのため、原告としては、当然、本件念書に基づく保証につき被告の取締役会の決議を経ているものと信じていた。

(三) 国土利用計画法に基づく届出がないこと

被告自身も認めているように、本件念書による約束は、経済的・実質的には、日本ビルプロによる信託受益権の買取義務(代金支払義務)の保証である。また、主たる義務者たる日本ビルプロが義務を履行できない場合には、第三者たる被告が同内容の義務を履行する旨を約する内容であるから、法的にも、保証契約の一種である。

そうであるならば、信託受益権の再譲渡契約について、主たる義務者たる日本ビルプロと原告との間で国土法所定の届出をしている(この事実は、被告も認めている)以上、保証人に過ぎない被告と原告が、保証契約について、重ねて同法所定の届出を行う必要はない。このことは、本件のような再譲渡予約付譲渡契約のみならず、通常の不動産の売買契約において買主の保証人が存在するケースについても、保証の本質上、当然のことである。

また、保証人が支払義務を負う代金額は、当然主債務者の代金額と同額であって、これを超えることがありえない以上、主債務者の代金額について国土法所定の届出がなされて、価格が適正であることにつき審査がなされていれば、保証契約について別途重ねて届出を行わなくとも、土地価格の異常な騰貴を抑制しようとする同法の届出制度の趣旨にも何ら反するところはない。

以上のとおり、少なくとも原告は、日本ビルプロと原告との本件買戻予約付売買契約について国土法所定の届出を行っている以上、被告からの本件念書の提出については、重ねて同法所定の届出は必要ないと理解していた。

3  商法二六〇条二項違反の有無及び取締役会決議の不存在についての悪意又は過失の有無

(被告の主張)

商法上、株式会社においては多額の保証ないし重要な契約については取締役会の決議が必要であるところ、上場会社である被告においても、商法の規定に従い、具体的に取締役会決議細目を定め、保証については一件一〇億円以上のもの、事業用不動産の譲受については一件一〇億円(取引価格)以上のものを行う場合には取締役会決議をなしていた。

ところで、原告の主張するように、本件念書が本件信託受益権についての日本ビルプロの八五億円での買取義務を被告が保証する法的義務を負う書類であるならば、経済的には実質的な保証であって、その金額からしても本件念書の提出には当然に被告の取締役会決議が必要である。そして、取締役会決議を要する契約につき取締役会決議を経ていない場合において、相手方がそのことを知り又は知り得べかりしときはその契約は無効である。

しかし、被告においては本件念書の提出について取締役会の決議を経ておらず、また原告においてもそのことを認識していた。そして、原告担当者は被告に対して、取締役会議事録の写の提出を求めたり、取締役会決議の有無について確認したりすることは一切しなかった。

すなわち、被告において本件念書の提出について取締役会を経ていないことは、原告は十分に認識しており、また百歩譲って仮に認識していないとしてもそのことに過失があることは明らかであり、いずれにしても原告の本件念書に基づく請求は認められない。

(原告の主張)

(一) 本件念書による保証は、商法二六〇条二項二号にいう「多額の借財」にあたらない。

すなわち、具体的取引行為が「多額の借財」にあたるかどうかは、その会社の規模、当該取引の性質等全ての事情を総合して、個別具体的に判断されるべきものであるところ、本件念書に基づく被告の債務総額の被告の総資産や年間売上高に対する割合はわずかに二パーセント程度と些少なものであるし、本件念書の保証は八五億円の支払と引き換えに本件信託受益権を取得できるという内容に過ぎないものであること等の本件の事情に照らせば、本件念書による保証は同条にいう「多額の借財」にはあたらないと解すべきである。

(二) 本件念書による保証が「多額の借財」にあたるものとしても、その行為は原則として有効である。

すなわち、最高裁昭和四〇年九月二二日判決は、取締役の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効である旨述べている。そして、同判決は、右の例外として、相手方が右決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限って、無効である旨述べているが、同判決は商法二六〇条が現在の内容に改正される以前の時代のものであり、右判示部分は現行の商法二六〇条違反の効力に関する解釈には妥当しない。現在の学説においては、取引の安全を害することを主な理由に、相手方が重大な過失により取締役会の決議の欠缺を知らなかった場合に限って、無効となると解するのが通説である。

また現在、金融機関においては、事案に応じて適宜・適切な手段で取締役会決議があったことを確認すれば十分であり、取締役会議事録の徴求は確認の一手段に過ぎないとの理解が一般的となっている。

そうであれば、右判決の基準によって立つとしても、取締役会決議の欠缺についての相手方の認識については安易に過失を認定すべきではない。

(三) 本件においては、本件念書の提出について被告が取締役会決議を経ていないことについて、原告に重過失はもちろん過失もなかった。

本件念書の提出を受けるにあたっては、原告は、被告に対し、取締役会決議を経ていることにつき確認している。

すなわち、本件念書に基づく保証意思の確認のために、平成四年八月五日、原告の本橋、松村及び戸井の三名が被告を訪問し、被告の桑原及び安枝の両名と面談した。

その際、原告の松村から、被告の取締役会決議の有無について質問したところ、被告の桑原は、「保証するにあたっては、取締役会で相当議論があった。しかし、南品川の建物は将来日本生命に必ず引き取られるものであること、及び日本ビルプロからは、当社(被告)は今までに二二〇億円以上の工事受注を受けている経緯があり、保証を断れないとの結論に達した」との説明があった。また、原告側から、本件念書には被告の実印を押捺し、印鑑証明書を添付するよう要請したところ、被告側も了解した。

そのため、原告側も、桑原の右のとおりの口頭での説明があったし、印鑑証明書も提出してもらえるのであるから、取締役会議事録までは強いて提出を受けなくとも差し支えないであろうと考えたものである。

つまり、右のとおり、原告は、本件念書を受領するに先だって、被告に対し、取締役会決議を経ていることについて確認しており、被告の桑原及び安枝から、これを経ている旨の回答を得ている。そのため、原告としては、当然、本件念書に基づく保証につき被告の取締役会の決議を経ているものと信じていたのであり、また、以上の経緯に照らせばそのように信じたことに過失はない。

4  本件合意書による本件念書の失効(被告の保証債務の消滅)

(被告の主張)

本件念書はそもそも法的な効力を有しない書面ではあるが、百歩譲って本件念書に法的効力があると仮定した場合であっても、原告と被告とが平成八年三月二九日に締結した合意書(乙一、以下「本件合意書」という。)の内容は、本件念書と全く矛盾するものであって、本件合意書の締結によって本件念書の効力は失効した。

すなわち、被告は平成六年八月に本件ビルを竣工したが日本生命は八五億円という金額での買取りはできず、時価でならば買取る旨の回答をしてきた。そのため、日本生命への売却はできず、日本ビルプロは被告に対する請負代金残額約三〇億円の支払ができなくなった。そこで被告は本件ビルに対して有する留置権を行使し、請負残代金約三〇億円の支払があるまでは本件ビルを留置するとしてその引渡しを拒絶した。

そのような状況において、日本ビルプロ、原告及び被告は本件建物引渡の諸条件等を協議した結果、平成八年三月二九日に、以下の内容の本件合意書を締結した。

① 被告は日本ビルプロヂェクトに本件建物を引き渡し、日本ビルプロヂェクトが所有権保存登記をなす(第一条)。

② 本件建物の建築請負工事の残代金三〇億七一〇七万八九〇〇円の支払については、被告のために本件建物に金一五億円の抵当権を設定する(第二条)

③ 日本ビルプロヂェクトは原告に本件建物を追加信託する(第三条)。

④ 原告と被告は、本件借地権付建物(以下「本件不動産」という)を第三者への任意売却によって処分することを合意し、原告は被告に対して任意売却の代金のうちから、「金一五億円から合意書締結後の弁済受領額を差し引いた金額」についての優先弁済権を保証する(第一一条)

⑤ 本件ビルが一〇年を経過しても第三者に任意売却できない場合には、原告と被告は被告による抵当権の実行を認めるか否かを協議する(第一〇条)。仮に、被告による抵当権の実行を認めたときには、原告は被告に対して配当金のうちから、「金一五億円から合意書締結後の弁済受領額を差し引いた金額」の優先弁済権を保証する(第一一条)。

⑥ 任意売却又は抵当権実行までの間は本件建物を賃貸し、その賃貸収益は原告と被告との間で分配する(第五条、第六条)。

以上、①から⑥の内容を検討すれば、本件合意書が本件不動産につき第三者への売却を企図し、売却代金からの被告の請負残代金の優先弁済権が認められる内容となっているのに対して、本件念書は被告自身による買取りを前提としており、相互に矛盾する内容となっている。

このように本件念書と正反対かつ内容の矛盾する内容を有する本件合意書が締結されているということは、そもそも本件念書に法的効力が存在しないことを意味しているのであるし、仮に法的に効力があったとしても、本件合意書の締結により、本件念書は失効したことは明らかである。

(原告の主張)

被告は、平成八年三月二九日付けの本件合意書の内容は本件念書と矛盾し、本件合意書の作成により、本件念書は失効したと主張する。

しかし、本件合意書によっても、原告と被告は、本件ビルを第三者への任意売却によってのみ処分することとし、本件念書に基づく買取請求権の行使まで排除する旨を合意したわけではない。

すなわち、原告(受益者としての立場)は、本件念書に基づき、被告に対し買取請求権を有していたが、この請求権を行使するか否かは権利者である原告の任意であり、この請求権を行使せずに、他の債権回収手段をとることも可能であった。そこで、本件合意書は、日本ビルプロに対する債権回収のための選択肢の一つとして、本件ビルの第三者への任意売却もありうることを前提とした上で、任意売却が選択された場合のために、第一〇条本文で、本件ビルの売却処分時までは被告が抵当権の実行を行わないことを定め、同条ただし書きで、一〇年を経過した場合には、同条本文の規定について原告・被告間で再協議する旨を定め、第一一条で、本件ビルが第三者へ任意売却された場合又は被告により抵当権が実行された場合における被告の優先権を定めただけである。

もし、被告の主張するように、本件合意書の締結により本件念書を失効させる趣旨であったならば、本件合意書でその旨を明示するのが当然である。特に、本件念書の実質は、金八五億円もの多額の買取代金(実質的には融資の返済)の保証であるのだから、それの失効という重大な法的効果を生じさせることを原告が意図したのであれば、なおさらである。原告が、本件念書の失効の承諾(すなわち、実質的には金八五億円の保証債権の放棄)という重大な意思表示を黙示的に行うということなど、著しく経験則に反し、およそありえないことである。

第三  当裁判所の判断

一  本件念書作成の経緯について

前記争いのない事実等に加え、証拠(戸井証人、安枝証人、桑原証人、甲一ないし四、一一、乙二ないし一〇)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件念書作成の経緯に関して、以下の事実が認められる(ここでは各証言間において明らかに矛盾する事実等に関する認定は除く。)。

1  原告は、信託銀行業務を目的とする株式会社である。

被告は、建築工事の請負等を目的とする株式会社である。

日本ビルプロは、不動産業等を目的とする株式会社である。

日本生命は、生命保険事業を行うことを目的とする相互会社である。

2(一)  日本ビルプロと日本生命とは、かねてより、南品川地区に本件ビルを含む隣接した三棟の共同賃貸ビルを建築し、これを日本ビルプロが四〇パーセント、日本生命が持分六〇パーセントの割合で所有するという内容の共同事業を進行させていた。

(二)  まず、日本ビルプロは、平成四年ころ以前、被告に対し、本件土地の北側に隣接する土地上にビル(通称南品川JNビル、以下「JNビル」という。)の建築を発注し、被告はこれを請負いJNビルを完成させた。日本生命は、JNビルの持分を日本ビルプロから一部買取り、その持分は日本ビルプロが四〇パーセント、日本生命が六〇パーセントとなった。

(三)  次に、日本ビルプロは、平成四年ころ、被告に対し、本件土地の南側に隣接する土地上におけるビル(通称南品川Jビル、以下「Jビル」という。)の建築を発注し、更に、本件土地上における本件ビル(通称南品川Nビル)の建築を発注した。被告はこれらの発注をいずれも請負い、順次各ビルを完成させた。本件ビルの建築について、被告は三七億五〇〇〇万円で請け負った。

Jビルについては、当時大蔵省より生命保険会社がなす不動産関連投資の年間総額について上限が設定されていたため、日本生命がJビルの持分を一時的に購入することができなかった関係から、日本生命からの要請に基づき、被告が当初その持分六〇パーセントを一時的に保有することとなった。その後、右持分のうち四五パーセントは被告から日本生命に移転したが、現在でも被告はJビルに対し一五パーセントの持分を保有している。

(四)  右三棟のビルは、いずれも日本生命の意向に沿った基本設計及び実施設計に基づく仕様になっているが、熱源の供給を全てJNビルに依存しており、冷温水配管も三棟でつながる構造になっており、駐車場等用途的にも一体の構造となっている。

3(一)  右2のような状況下で、平成四年二月ころ、日本ビルプロから原告に対し、本件ビルの敷地の借地権購入資金八五億円の融資依頼がなされた。この融資金は、既に日本リースから日本ビルプロに融資がなされていたものであるが、日本リースからの借入利率よりも原告からの借入利率の方が低かったため、日本リースに代わる肩代り融資を原告に求めたものであった。

(二)  そこで、原告は、日本ビルプロに対する右融資について、通常の銀行勘定からの融資や土地信託形式による融資の可能性を検討したが、当時の原告の日本ビルプロに対する貸出総量が限度額に達していたことから、年金資金の運用としての与信の可能性を検討することになった。

そして、原告としては、日本ビルプロとの間で、不動産管理信託契約を利用した信託受益権の買戻予約付譲渡契約の形式(原告が、日本ビルプロから本件ビル及びその敷地の借地権の管理・運用について信託を受けるとともにその信託受益権の譲渡を受け、その代金として融資金相当額を日本ビルプロに交付すると同時に、一定の期日を定めて同額で日本ビルプロが買戻す旨の再譲渡予約契約を締結するという契約形式)で融資を行うことを検討したが、年金資金の運用には、一定の利回りの確保とともに元本の確保が必須条件であったことから、日本ビルプロの買戻期限における買戻能力(実質的には融資の返済能力)を担保するため、原告は、本件ビルの六〇パーセントの持分の最終取得予定者である日本生命に対し、将来の持分六〇パーセントの買取りを約束する旨の文書を提出するよう求めた。

しかし、日本生命は、将来本件ビルの持分六〇パーセントを買取る意向はあるが、生命保険会社の不動産に対する投資が一定割合以下に制限されていることから、買取りを約束する文書の提出はできないと回答した。

(三)  そこで、原告の五反田支店長の松村と同次長の戸井は、平成四年七月一〇日、日本ビルプロの田中専務に対し、「日本ビルプロの信用だけでは八五億円もの与信は取り上げることができないので、日本生命の買取りを約束する書面に代わる文書を住友建設から取り付けて欲しい」と要請した。

日本ビルプロを通じて原告からの右要請を受けた被告担当者安枝は、日本ビルプロの白石常務、原告の不動産部の矢島と協議し、当初日本生命による買取りは確実であり被告として日本生命が買取りを実行するよう努力する旨の書面の案文を原告宛送付した。

しかし、矢島は安枝に対し、日本生命に代わって被告が本件ビルの買取りを約束する文書を提出するように求めたことから、安枝は、被告東京支店長名で、支店長印を押捺した文書で提出したいと応えた。

これに対し原告は、平成四年七月二一日、被告に対し、日本生命の買取りを約束する書面に代わる文書の原案として、名義人を「被告東京支店取締役副社長兼支店長桑原格」とし、日付欄が空欄で、文書の名義人の押印のない文書案(乙二、以下「本件念書案」という。)をファックスで送付した(その記載内容は後記本件念書の記載内容のとおりである。)。

(四)  当時、被告の東京支店長は桑原であり、桑原は被告の東京支店長兼代表取締役副支社長であった。桑原が代表取締役となったのは平成四年六月末のことである。

そして、同年七月三〇日、被告は、本件念書案に支店長印を押印し、それを日本ビルプロに渡した。

その後同年八月に入ってまもなく、矢島から、安枝に対して、本件念書案には支店長印ではなく代表取締役印を押して、印鑑証明書を添付して欲しいという依頼がなされた。

(五)  同年八月五日、原告の不動産部長である本橋、五反田支店の松村及び戸井が、被告の東京支店において、被告の桑原及び安枝と会談した。その席上で、本橋らは、桑原に対して、本件念書の提出を確認した。

(六)(1)  同月七日、被告は、本件念書案に同日の日付を記入し、桑原の代表取締役印を押印して本件念書を完成し、被告代表取締役桑原格の印鑑証明書を添付した上で、原告に提出した。

(2) 本件念書は横書きの書面であり、その文面は以下のとおりである。

「平成4年8月7日

日本信託銀行株式会社殿

住友建設株式会社東京支店

取締役副社長

支店長 桑原格

念書

1 当社は、委託者日本ビルプロヂェクト株式会社、受託者日本信託銀行株式会社とする平成4年8月7日不動産信託契約の各条項を了承し、同時に平成4年8月7日付五者協定書、及び平成4年8月7日付信託受益権再譲渡予約付譲渡契約証書の各条項を了承した。

2 万一、日本ビルプロヂェクト株式会社が再譲渡予約付譲渡契約証書記載の各条項に基づき、信託受益権の買い戻し及び本事業の継続ができなくなった場合は、当社の責において上記契約証書第2条及び特約条項に基づき、信託受益権の買い取り又は、信託不動産を譲受することを了承する。

以上」

(3) 本件念書に記載のある「平成4年8月7日付信託受益権再譲渡予約付譲渡契約証書」とは、原告と日本ビルプロの間で取り交わされた買戻予約付譲渡契約書であり、右契約証書の二条には「再譲渡期日は平成9年8月6日とし、期日に現金で一括払いとする。」と規定され、その特約条項には「第2条の規定にかかわらず、譲渡人・譲受人双方は互いに書面による申込を行い、相手方の書面による承諾を受けた場合は、再譲渡期日を早めることができる。但し、日本信託銀行株式会社の書面による承諾を要するものとする。」と規定されている。

(七)  本件念書提出当時、本件土地は国土法二七条の三第一項にいう都知事の指定した注視区域内にあった。国土法二七条の四第一項は、注視区域における土地について土地売買等の契約を締結しようとする場合には、当事者は、都知事に届出なければならない旨規定しており、同法四七条は、右届出をしないで土地売買等の契約を締結した者は六月以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する旨規定している。

本件念書の提出にあたり、右国土法の届出はされなかった。

二  争点1(保証契約の成否)について

1  書面で法律行為の意思表示がなされている場合、原則としてその意味・内容は当該書面における客観的な記載文言により解釈すべきところ、本件念書の二項は、日本ビルプロが本件信託受益権を買い戻すことができなくなった場合には、被告の責において本件信託受益権の買取り又は信託不動産を譲り受けることを了承する旨明記しており、単なる道義的責任や努力目標を定めたものとは解せられない。

2  確かに被告が指摘するとおり、本件念書の二項は、被告が本件信託受益権を買い取り又は信託不動産を譲り受けすべき時期については本件予約付売買契約の契約証書の条項を引用する形で言及している一方で、契約の要素たる右買取りないし譲受けにかかる買受代金の金額が明示されてはいない。

しかし、本件念書の一項で、被告は本件信託契約及び本件買戻予約付売買契約の各条項を了承する旨を述べているのであり、右条項と当社の責において信託受益権の買い取り又は信託不動産を譲受することを了承する旨を明記する二項とを併せて解釈すれば、被告による買戻金額は本件買戻予約付売買契約で定められた日本ビルプロの買戻金額と同額であると解するのが合理的である。

したがって、本件念書には、日本ビルプロの買戻義務についての保証契約の締結に向けた被告の意思表示が認められるというべきである。

3  すなわち、被告は、平成四年八月七日、原告に対して、本件買戻予約付売買契約に基づく日本ビルプロの本件信託受益権の買戻義務を保証したことが認められる(以下「本件保証契約」という。)。

三  争点2(本件念書の法的効力)について

被告は、本件念書は、法的効力を有しない形だけの書類であることを原被告双方了解の上で、被告から原告宛に交付されたものであると主張する。

しかし、前記一において認定した本件念書作成の経緯及び後記四において認定した各事情に照らすと、本件念書が法的効力を有しない形だけの書類であることについて、原被告双方が了解していたとまで認めるのは困難というべきであり、被告の右主張は採用できない。

四  争点3(商法二六〇条二項違反の有無及び取締役会決議の不存在についての悪意又は過失の有無)について

1  本件保証契約は、前記のとおり、日本ビルプロが本件信託受益権を買い戻すことができなくなった場合には、被告が日本ビルプロに代わって八五億円の代金で本件信託受益権を買い取ることを保証する旨の合意であるから、商法二六〇条二項一号にいう「財産ノ譲受」又は同項二号にいう「借財」に該当する。

そして、平成五年当時の被告の資本金が約一四五億三〇〇〇万円、総資産額が約四二〇五億円、総借入金額が約二一〇一億円であり、本件信託受益権の買取り代金額の被告の資本金、総資産額及び総借入金額に占める割合が、それぞれ、約58.5パーセント、約2.0パーセント及び約4.0パーセントに上り、いずれも相当割合に達すること(甲一三)、被告取締役会規程において、一件の取引価額一〇億円以上の事業用不動産の譲受及び一件一〇億円以上の債務保証は、いずれも取締役会の付議事項とされていること(乙九)などの事情を考慮すると、本件保証契約の締結は、商法二六〇条二項一号にいう「重要ナル財産ノ譲受」又は同項二号にいう「多額ノ借財」にあたると認めるのが相当である。

2  ところで、株式会社の一定の業務執行に関する内部的意思決定をする権限が取締役会に属する場合には、代表取締役は取締役会の決議に従って株式会社を代表して右業務執行に関する法律行為をすることを要する。しかし、代表取締役は株式会社の業務に関し一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する点に鑑みれば、代表取締役が取締役会の決議を経てすることを要する対外的取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効であって、ただ、相手方が右決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限って無効であると解するのが相当である(最高裁昭和四〇年九月二二日第三小法廷判決・民集一九巻六号一六五六頁参照)。

3  被告の取締役会決議の不存在

(一) 桑原証人及び安枝証人によれば、被告は本件保証契約について取締役会決議を経ていないと認められる。

(二) 前記一において認定したとおり、被告は、日本生命に代わって被告が本件ビルの買取りを約束する文書を提出するように原告から求められた当初から、被告東京支店長名で且つ支店長印を押捺した文書で提出したいと原告に伝えていること、現に、平成四年七月三〇日、本件念書案に支店長印を押印してこれを日本ビルプロに渡していることに照らすと、この時点での被告東京支店長桑原の意思が本件保証契約を東京支店限りとするつもりであることが窺われ、それまでに被告が本件保証契約に関して取締役会の承認決議を経ていたとは考え難い。

また、同月三一日、被告の取締役会が開催されたが、その議事録(乙八)には、日本ビルプロからの本件ビル建築の受注についてこれを承認する決議がなされた旨の記載はあるものの、本件念書や本件保証契約に関連する議題が付議された旨の記載はない。日程上も、同月三〇日に本件念書案に支店長印を押印して日本ビルプロに交付し、本件保証契約を東京支店限りとする意思を明確にしていた桑原が、その翌日に本件念書や本件保証契約に関する事項を被告取締役会に急遽付議したとは考え難いことから、同日の取締役会において本件念書や本件保証契約に関して取締役会の承認決議がなされたことはないと推認できる。

その後も、松村らが桑原らを訪問した八月五日や本件念書を提出した八月七日までの短期間の間に、被告において取締役会が開催されたこと自体認めるに足りる証拠はなく、本件保証契約に関して被告の取締役会の承認決議はなかったというべきである。

4  被告の取締役会決議の不存在を知らないことについての原告の過失

(一) 次に、原告は本件保証契約の締結にあたり、本件保証契約について被告が取締役会決議を経ていないことを知り又は知りうべかりしものであったか、すなわち、原告に被告の取締役会決議が存在しないことについて悪意があったか否か又はこれを知らないことについて過失があったか否かについて判断する。

そして、先に述べた本件念書差入れに至る経過及び後記の認定事情に照らせば、原告が被告の取締役会決議の存在しないことを知っていたとは認められないから、以下においては、原告に被告の取締役会決議が存在しないことを知らないことについて過失があったか否かを検討する。

(二)  本件保証契約締結の原告側の担当者であった戸井証人の証言によれば、本件念書の提出の前後において、原告は一度も自ら被告に対し本件念書の提出につき被告の取締役会議を経ているかどうかを確認したことはなく、取締役会の議事録の写しの提出を被告に対して求めたこともないことが認められる。

(三) ところで、原告は、平成四年八月五日、本件保証契約締結の意思確認のために、原告の本橋、松村及び戸井の三名が被告を訪問し、被告の桑原及び安枝の両名と会談した際、松村が被告の取締役会決議の有無について質問したところ、桑原から「保証するにあたっては、取締役会で相当議論があった。しかし、南品川の建物は将来日本生命に必ず引き取られるものであること及び日本ビルプロからは、当社(被告)は今までに二二〇億円以上の工事受注を受けている経緯があることから、保証を断れないとの結論に達した」との説明(以下「八・五発言」という。)があったため、原告としては、取締役会議事録までは強いて提出を受けなくとも差し支えないであろうと考えていたし、当然、本件保証につき被告の取締役会決議を経ていると信じていたなどと主張する。

そして、戸井証人は、平成四年八月五日、原告の本橋、松村及び戸井が被告の桑原及び安枝と被告東京支店で会談した際、松村らが被告の本件保証契約締結の意思確認をしに来た旨桑原らに述べたところ、原告側から取締役会決議の話を持ち出すまでもなく、桑原が松村らに対して八・五発言をしたことから、本件保証契約の締結を承認する旨の取締役会決議がなされたものと信用したなどと、概ねこれに沿う供述をする(なお、会談の最初に松村が被告の取締役会決議の有無について質問したという原告の主張事実については、戸井証人もこれを否定しており、その他にこれを認める証拠もないから、認めることができない。)。

そこで、戸井証人の右証言の信用性について検討するに、戸井証人の右証言は、桑原が「本件保証契約の締結にあたって取締役会で相当議論があったが、保証を断れないとの結論に達した」と発言したという部分に関する限り、信用することができないというべきである。その理由は以下のとおりである。

(1) 桑原の八・五発言の存在をいう証拠としては、右戸井証言があるのみであるが、これを裏付ける客観的証拠は何ら存在しない(なお、本件合意書作成に関与した原告の不動産部であった川崎健証人は、松村が自分のつけていた日記を持ってきて同証人に桑原の八・五発言の内容を説明したことがあったなどと供述するが、右供述に係る日記は証拠として提出されていない。)。

(2) 本件保証契約についての被告の取締役会決議は実際に存在しなかったのであるから、桑原が八・五発言をしたとすれば、それは虚偽の発言ということになるが、原告側から問われもしないのに桑原が敢えてこのような虚偽の発言をしなければならない理由は見当たらない。

当時、桑原が被告の取締役会の承認決議を得るつもりでいたのであれば、承認決議はまだ得ていないが今後開かれる取締役会に付議するつもりだと原告側に説明すれば足りることであるし、桑原に承認決議を得る意思がなかったとしても、原告から議事録の写しの提出を求められればすぐに判明するような虚偽事実を桑原が自発的に述べる必要は全くない。

(3) ところで、桑原の八・五発言について、桑原証人及び安枝証人は、平成四年八月五日、松村らの被告への来社は単なる表敬訪問であったという記憶であり、面談内容については確たる記憶はない旨証言する。その一方で右証人らは桑原の八・五発言の存在を明確に否定している。

そこで検討するに、本件保証契約に関する本件念書が被告から原告宛てに提出された平成四年八月七日の僅か二日前に松村らが桑原らを訪れていること、被告を訪れた原告側関係者は、本件念書の形式及び内容について主導的に関与していた松村五反田支店長、本橋不動産部長及び戸井五反田支店次長であることに照らすと、その会談における主要な話題が近々被告から提出される本件念書に関する事項であったとは容易に予想されるところであり、したがって、松村らが桑原らを表敬訪問したに過ぎないとする桑原及び安枝の右証言はその部分に関する限り信用性は乏しい。

また、原告側の松村らと被告側の安枝らは、先に認定したとおり、本件念書の形式及び内容について協議を重ねていたのであるから、その過程で被告東京支店側内部で様々な意見が出たであろうこともまた想像に難くないところであって、そうであれば、平成四年八月五日の松村らとのやりとりの中で、桑原から本件念書の差入れを決断するに至る過程で、被告東京支店側でも相当議論があったという趣旨の説明がなされたとしても不思議ではない。したがって、桑原の八・五発言の存在をいう戸井証言は、右の限度で信用できるといえる。

しかし、平成四年八月五日の桑原らと松村らのやりとりの中で、桑原から取締役会での議論や証人決議の存在を説明されたというのはどう見ても不自然であり、戸井証言にはその部分に関する限り、事実に反する供述が付加されている疑いが濃いといわざるを得ない。

以上のとおり、桑原の八・五発言について、桑原が「本件保証契約の締結にあたって取締役会で相当議論があったが、保証を断れないとの結論に達した」と発言したという事実が認め難い以上、この発言を信用して被告に対して取締役会の議事録の写しの提出を要求しなかったという原告の主張は成り立ち得ない。

(四)  本件念書提出の前後において、原告は自ら被告に対し本件念書の提出につき取締役会決議を経ているかどうかを一度も確認したことはなく、取締役会の議事録の写しの提出を被告に対して求めたこともないという事実に加え、前記認定の本件諸事情の他、特に左記の事情に照らすと、被告の取締役会決議の不存在を知らなかったことについて、原告には過失があるというべきである。

(1)  被告が平成四年七月三〇日本件念書案に支店長印を押印してこれを日本ビルプロに渡している事実があることは前記一において認定したとおりであるところ、この時点では、原告自身、被告東京支店長桑原が本件念書を被告の取締役会にかけずに東京支店限りの決裁とするつもりであることを認識していたと認められる。だからこそ原告は、同年八月に入ってまもなく、安枝に対して、本件念書案には支店長印ではなく代表取締役印を押して、印鑑証明書を添付して欲しいと要請したのだと考えられる(戸井証人は、この点について、被告から本件念書案に被告東京支店長名でかつ支店長印を押捺した文書で提出したいという要望が出された時点で、被告が本件念書を被告の取締役会にかけずに東京支店限りの決裁とするつもりでいること及び本件保証契約が被告本社に対して効力を有するためには被告取締役会の承認決議が必要であることを認識していたと証言している。)。

また、本件念書の名義人欄の記載は「住友建設株式会社東京支店取締役副社長支店長桑原格」というものであり、そこには代表取締役であることの明記がなされていない。そして、原告は、当時被告に対して「代表取締役副社長」名義の本件念書の提出を要請していた旨主張し、戸井証人もその旨証言しているが、そうすると、現実に原告に差し入れられた本件念書の名義人欄の記載は、その原告の要請が満たされていないものであったことが認められる。

そうであれば、原告においては、被告が本件保証契約について東京支店限りの決裁を意図していたことを知ってから本件念書差入れまでの一週間足らずの間に、被告が本当に本件保証契約について取締役会の承認決議を取り付ける意思を有するに至ったのか、そして実際に承認決議を取り付けたのかについて、被告に対して取締役会の議事録の写しの提出を求めるなどして積極的に確認して然るべきなのであって、そのような確認行為は当然に信託銀行の原告の通常の与信業務の内容として期待されているというべきである。

(2)  被告と日本ビルプロとの間には資本関係はなく、平成四年当時で、約一〇年間にわたり、総額約二〇〇億円超の工事受注を通した取引関係を有するだけであった(安枝証人、甲一三、弁論の全趣旨)。

また、前記のとおり、原告の日本ビルプロに対する八五億円の与信は、日本ビルプロが既に日本リースから借り受けていた本件ビル敷地の借地権購入資金八五億円の肩代り融資であり、直接被告の利益につながる本件ビル建築資金調達のための融資ではなかった上、本件ビル建築による被告の予想工事利益額が約三億七五〇〇万円であった(乙八)のに比べて原告の右与信額が破格に多額であること、原告から日本ビルプロに対する肩代り融資が仮になされなかったとしても、直ちに日本ビルプロが破綻するという状況にはなかったことが窺われる上、日本ビルプロからの要請を断わることにより、日本ビルプロから被告に対する本件ビルの発注がストップするという状況にもなかったことが認められる(桑原証人、弁論の全趣旨)。

これらの事情を総合すると、原告から被告に対してなされた「被告が日本生命による本件ビルの買取りを約束する書面に代わる文書を差し入れる」という要請は、客観的に見て被告がこれを承けて当然という性質のものでないことが明らかである。そうであればやはり本件は、本件保証契約について被告が取締役会の承認決議を経たのかどうかを確認し、その証拠として取締役会の議事録の写しの提出を被告に求めることが、信託銀行たる原告の通常の与信業務の内容として期待されていたケースであったというべきである。

(3)  原告が、本件念書の差入れ及び本件保証契約の締結にあたって交渉した相手方は、被告の一支店長(桑原)と営業部長(安枝)である。桑原が当時被告の代表権を持っていたとはいえ、被告は平成四年当時で三〇名以上の取締役を抱える大企業であって(乙八)、桑原の一存で取締役会の方針が決せられるというような会社のシステムになっていないことは、右両名と交渉した原告担当者も十分承知していたはずである。

したがって、原告においては、本件念書の提出が桑原の独断であり、被告の取締役会決議を経ていないのではないかということについて、より一層気を配って然るべきであったといえる。

5 以上のとおりであるから、被告に対して取締役会決議の議事録の写しを求める等の被告の取締役会決議の存在について積極的な確認行為をしなかった原告には、本件保証契約の締結につき被告が取締役会決議を経ていないことを知らなかったことについて過失が認められるというべきである。

五  よって、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・梶村太市、裁判官・潮見直之、裁判官・大寄久)

別紙物件目録<省略>

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